般若寺沿革

般若寺の由来

梅香山般若寺の開基は天平勝宝年間(749~757)備前津高(現岡山市)生まれの報恩大師が人皇第46代孝謙天皇の病気平癒祈願の霊験あらたかなるを喜ばれ、勅によって当地方に48ヶ寺を建立、その1つと言い伝えられる。
その後第60代醍醐天皇(897~930)の頃、菅原道真公が九州太宰府に下向の道中にこの地に滞在し、紅梅一株を植え置かれた由縁により山号を梅香山と名づく。
爾来、栄枯盛衰幾変遷、元和3年(1617)隆然和尚が中興し、本尊に阿弥陀如来を祀る。
真言宗御室派に属し本山は京都仁和寺なり。弘法大師(空海)の教理を信奉し、社会大衆教化の道場、並びに十方檀信徒各家先祖の菩提寺として法燈連綿、今日に至る。
 

住職

住職 浅田真裕
1959年(昭和34年)
2月3日生まれ
趣味:巨樹巨木巡り、骨董古美術、山歩き、森林浴
こちらのマスコットデザインは当山檀家の山口義雄さんの作製です。(電話 456-4184)

般若寺の主な現代史

明治初期まで寺子屋が置かれていた(寺伝)
明治17年8月
新開(南畝・松江・中畝・東塚・北畝等)台風高潮災害時
被災者救護所となる
身元不明者はその後千人塚に埋葬・供養
明治45年6月
浅田増純住職就任
その際に、由加山より鐘楼移築
大正10年頃
柚木医院(東塚にて平成頃まで開業)の出張診療所となる(約5〜6年間)
昭和19年4月
三菱航空機水島製作所の錬成道場となる(昭和20年8月まで)
昭和37年10月
浅田真現住職就任
昭和40年3月
納骨堂を建立し、墓所の代用として一般に開放する
昭和42年6月
般若寺保育所(無認可)開園 5年間
(ゆりかご保育園の前身)
平成元年
境内北側・西側コンクリート擁壁完成
(「急傾斜地崩壊危険区域」補助事業)
平成7年10月
本堂新築落慶法要
平成16年3月
客殿屋根替・大玄関唐破風屋根新設
平成16年8月
山門新築
平成17年4月
浅田真裕住職就任
平成27年10月
上段石垣改修(下段石垣改修は平成14年) 
あわせて、遍路道の下の石垣をコンクリート石垣風擁壁に改修
修行大師・千手観音・宝篋印塔ミエク供養塔を移設
令和6年3月
護摩堂新築
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